広島高等裁判所松江支部 昭和34年(う)95号 判決 1959年11月02日
被告人 高階又治
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役八月および罰金五万円に処する。
原審の未決勾留日数中五十日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
被告人に対し参年間右懲役刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
第一点 各弁護人の法令の適用を誤つている旨ならびに村田弁護人の事実誤認の論旨について。
所論は要するに、被告人の所為は売春防止法第一二条の「売春をさせることを業としたもの」に該らないのに同条を適用して処断した原判決は、法令の適用を誤つたか事実を誤認したものであるというに帰する。
被告人が本件起訴事実のうち、その肩書住居に原判示売春のされた日時頃〆奴こと小山ツル子外五名の芸妓を居住させ、芸妓置屋「松葉クラブ」を経営していたことは被告人の原審供述によつても明らかに認められるところ、芸妓置屋の業態そのものが右法条に該当しないことは所論のとおりであるが、かような業態を営んでいても被告人が「売春をさせることを業とした者」に該当するか否について検討する。
原判決挙示の各証拠を総合して考察すると次の事実が認められる。
(一) 被告人は芸妓ひな菊こと岸本満子、さなえこと岩谷淳子をいずれも昭和三三年五月下旬頃抱えるにあたり一万五千円、一万二千円程度の前貸をし、月美こと林美津枝を同年六月二三日頃から抱えているところ、それらはいずれも売春防止法施行後ではあるが、右ひな菊およびさなえは被告人に抱えられる以前にも売春の経験があることを被告人は承知の上でしかも泊り花をつけて売春しなければ収益をあげられないことを告げて抱えたもので、また右月美が売春を断つて出先から帰つた際にも強要はしなかつたが、そんなことでは芸妓は勤らないとて暗に売春をすすめており、さらに被告人は右芸妓らに対し同法施行により警察の売春取締が厳しくなつた際、若しみつかつた時には芸妓が好きで客と無償で同宿したようにいえば、恋愛を禁止する法意ではないから、心配はない旨を告げてむしろ泊り花をすすめているのである。
(二) 他方芸妓は被告人に対し月千円程度の食費を支払うほか、化粧品代、結髪料、衣裳代その他小遣銭にいたるまで被告人からその都度借り入れているので一時間に百円程度の収入に過ぎない「時間花」の稼ぎでは、右借入金の弁済はおろか、前借金の支払は容易でないのであつて、芸妓としてもいきおい「泊り」で稼がねばならず、被告人としても前記の如く芸妓に「泊り花」をすすめ、これが被告人の収入源の大半をなしているのである。
(三) 被告人方の芸妓のうち、いわゆる芸のみで稼業をしていたものは被告人の姪にあたる「太郎」(本名橋本文子)ひとりであつて、他の芸妓は格別の芸を有せず、売春防止法施行以前にいわゆる売春婦の経歴をもつものであり、同人らと被告人の「泊り花」の分配は、出雲市塩冶町所在の旧遊廓の旅館に宿泊したとき芸妓千円、被告人五百円、それ以外の旅館の場合芸妓八百円、被告人五百円、旅館側二百円の割合で、芸妓が「泊り花」千五百円を持ち帰つたとき全部被告人に手交し、そうでない場合被告人の側で旅館に後日集金に行つている有様で芸妓が売春をする毎に被告人は五百円の利得を得ているのであつてこの分配方法は売春防止法の施行前後を通じて同様である。
(四) 被告人は夜間主として帳場に坐り旅館等呼び屋から電話で申込があれば、「時間花」「泊り花」の差別なく被告人が指示して芸妓を被告人方の車夫土山蕃のリンタク(又は自転車)で旅館等に案内させ、ひろく出雲市内の旅館、料理屋の要求に応じたものである。
以上の事実からみれば、被告人は芸妓置屋業ではあるが、芸妓名義で六名の婦女子を自己の占有する「松葉クラブ」に居住させ旅館等の求めに応じて右抱え芸妓に泊り花をつけて派出させ以つて売春することを業としたものといわざるをえない。売春防止法第一二条に該当する事例は所論の如く遊廓類似の施設を有する者が典型的ではあろうけれども、本件の如き被告人の業態がこれから除外されるとの所論には首肯し難いのである。
所論のように芸妓は自らの意思で客との性交を拒絶し得ることはもちろんであるけれども、それでは収益があげられないのでかような事例は稀有のことであることは記録上明らかであつて、所論は採用し難い。
(その余の判決理由は省略する。本件は量刑不当で破棄自判。)
(裁判官 三宅芳郎 藤田哲夫 熊佐義里)